西遊嬉(saiyuki)

日本料理『西嬉』の女将と大将が綴る日々の出来事

よろず事

『田むら』 (大将)

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11月25日土曜日、お休みを頂き、大阪市此花区西九条にある『田むら』さんにお邪魔しました。 

田むらは30数年前に私が初めて勤めたお店で、

田むらの大将と女将さんには私達夫婦の仲人もして頂きました。 

11月21日で50周年を迎えた田むら、私の目標でありこうなりたいと思っている、田むらとその大将。

『50周年おめでとうございます。』

西嬉が50周年を迎える時私は80歳、西嬉が50周年を迎えることは難しいでしょうし

おやっさん(大将)もまだまだ遥か遠くの存在です。

そんな田むらが来春の3月でお店を閉めてしまうそうです。

とても残念な気持ちもありますが、50年間お疲れ様でした。 

50周年のお祝いと最後と言うことで、天然とらふぐ、頂きました。
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法事パン ・・・ 女将

法事パンs

先週の日曜日、大将は岡山県の津山市にある親戚のところへ
法事に行っていました。
夕方に戻ってきた時には、お赤飯やサラダオイルの詰め合わせといったものの他に
個別の袋に入ったパンをたくさん貰ってきていました。
数えてみると、10個もあります。
そして、その10個の内の7個までもが あんパンでした。
残りは、メロンパン2個とクリームパン1個で
カレーパンやチーズパンではない、昔ながらのオーソドックスなものばかりです。
一体これは、どういう・・・・・?

そう言えば、前回の法事でもジャムパンやあんパンを
たくさん持って帰ってきたことを思い出しました。
その時は、大将に親戚の人の中にパン屋さんがいるのか訊いてみましたが
いや、いないはずだと言うので
お供えに、パンをたくさん持ってきた人がいたのだろうぐらいに考えていました。

ですが、さすがに毎回となると、ちょっと不思議に思い
インターネットで検索してみると、出ました!
その名も 『 法 事 パ ン 』 です。

島根県の東部と鳥取県の西部では、法事の時にパンを配る風習があるのだそうです。
津山市は岡山県の北部にあるので、同じ風習が伝わっているのですね。
元々は、お餅やお饅頭を配っていたらしいのですが
いつの頃からか、パンの方が日持ちもするし喜ばれるからとパンになったということらしいです。
あんパン率が高いのは、お饅頭の名残りなのでしょうか?

私が見たいくつかのインターネットのサイトには、
パンの袋に蓮の花の模様が印刷されている法事パンの写真が載っていました。
法事の日に合わせ、予めパン屋さんに注文して用意してもらうそうです。
今回いただいたパンの袋に蓮のお花は描いてありませんでしたが
値段の載っている部分には、白いシールが貼られて見えなくしてあったので
やはりこれも、お供えのお裾分けなどではなく、法事用に用意されたパンだったのでしょう。

その土地土地の風習というのは、そこに暮らす人たちには当然のことでも
こうして外から参加してみると、意外に思うことが
まだまだたくさん残っているのだなと改めて思いました。

『西嬉 HP』 http://www.nishiki.ecweb.jp/





カップヌードル ・・・ 女将

カップヌードルs

子供の頃のお話です。

普段は車で通勤していた祖父が、たまに何かの都合で電車で帰ってくることがありました。
そういう時は、毎回ではなかったと思いますが、駅の売店でお土産を買ってきてくれました。
大抵は、私が大好きだったチョコレートや天津甘栗だったと思いますが、
カップヌードルも何度かあったと記憶しています。
当時はカップヌードルがまだ珍しい時代でしたので、
目新しさからお土産にしてくれたのかもしれません。

今ならお箸で食べますが、あの頃はCMのせいかプラスチックのフォークで食べることになっていて
とても食べにくいなと思いながら、それでも子供ながらに最先端の食べ物だと思い、
ワクワクしながら食べていました。

今もそうですが、小さい頃からお肉が好きだったので、妹を説得して(言い包めて?)
中に入っているお肉は私が全部食べ、その分、妹には海老を全部あげて食べていたことを
大将がお山に持って行く用に買ったものの、期限切れになってしまった、
(麺と具材が真空パックになった)リフィルタイプのカップヌードルを
お昼ご飯に食べながら思い出しました。

今度のお盆休みには、久しぶりに妹に会う予定なので
子供の頃にお肉と海老で半分コしてカップヌードルを食べていたことを
今も覚えているか訊いてみようと思いました。

カップヌードル2s


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メガネ (大将)

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メガネの人になりました。

10日ほど前からメガネかけてます。
それまでも車の運転時にはかけていたのですが
いつもかけるようになってしまいました。

お察しの通り、ローガンです。
近視の老眼で遠近両用です。
今風に言えば、シニアグラスなんて言うんですかね?

遠くははっきり見えず、新聞読むときはしかめっ面
少しは楽になるかとメガネを作ってみました。

かけはじめて5日目ぐらいから嬉しい変化に気が付きました。
右の首筋から肩にかけてのコリと言うか痛みが消えて来たのです。
慣れないメガネにしかも遠近両用の見え方に苦戦するも
ちょっと嬉しい変化でした。

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メガネを作って頂いたのは、尼崎にある『OCHIメガネ店』さん
同級生の弟さんが店主さんです。

オチメガネ店
TEL 06-6498-4114

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『DJ』と『ロング・トレイル』 (大将)

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昨年のことですが、書かずに時間が過ぎてしまいました、ここで書かせて頂きます。

『ロング・トレイル』という映画を見ました。

内容はロードムービーです。
初老の作家(ロバート・レッドフォード)が旧友とアパラチアン・トレイル3500㎞の踏破に挑戦すると言うもの。

この映画を見たいと思ったキーワードは「アパラチアン・トレイル」

そのきっかけは、川村龍一。

ミュージシャンの河村隆一ではなく、
DJ、ラジオパーソナリティー、「デデ」の愛称で親しまれた、川村龍一さん。

テレビでは「ヤングおー!おー!」ってやってたお髭のお方。

ラジオでは朝のMBSで「おはよう川村龍一です」のメインパーソナリティを担当、19年続いた番組を2002年3月に終えている。

私はこの「おはよう川村龍一です」が好きで、アシスタントの豊島美雪さんとのやり取りを楽しく聞いていました。

番組終了後は長らくデデさんの声をラジオから聞くこともなかったのですが、ある日曜日の朝たまたまラジオのスイッチを入れるとデデさんの声がするではないか、日曜日の朝「川村龍一のゆ~ゆ~ラジオ」と言う番組でパーソナリティーを務めていた、嬉しくなりそれから日曜日の朝、聞けるときはいつも聞いていた。

そんなある日、アパラチアン・トレイルを歩いて来たリスナーの投稿をデデさんが読んでいた。
内容はもう覚えていないが聞きながら泣けてきて、なにかが琴線に触れたのだろう。

そんな気持ちを番組あてにメールで送っていた。

翌週、デデさんが私のメールを放送で読んでくれた。
デデさんに読んでもらえたことがなんだかとても嬉しかった。

日曜朝の「川村龍一のゆ~ゆ~ラジオ」もそれから間もない2011年3月で放送を終えてしまう。

また近いうちにラジオからデデさんの声が聴けるかな?と思っていた、翌年2012年5月、デデさんの訃報がラジオから私の耳に入ってきた。

川村龍一さんへ送った最初の投稿メールが最後のメールとなってしまったが、それがオンエアされたことが、強烈な思い出になっています。

アパラチアン・トレイル、できるなら歩いて見たい。

その時デデさんのDJの番組を聞きながら歩けたら・・・。

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